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tenshinoasobi :ひとりごと

  微妙な抑うつ状態:それでも私は生きています。  (マイペースが真情です)

生きること、それだけで素晴らしい。日々感謝…。
私の合言葉は、人生で起こる全てのことが肥やしかな

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祖母の35日法要4 内々の気兼ねない法要


 秋もいよいよ深まってきました。
 風邪もようやく癒えて、細くなっていた食も、どうにか元に戻りつつあります。
 食欲の秋ですからね、美味しいものを食べたいぞ〜!と身体が欲しているのでしょうか…。

 さて、「祖母の35日法要」シリーズです。そろそろ大詰めです。

 祖母の35日法要1 旅行準備編
 祖母の35日法要2 出立〜鳥取まで
 祖母の35日法要3 馴染んできた母の実家

 法要当日の朝のことでした。
 前日に、従兄と約束していたので、起きるのが早い母に合わせて起き上がり、朝食を頂きました。
 10時過ぎには、郡家(こうげ)の駅に大阪・門真の伯母が到着します。
 それまでには、鳥取駅で帰りの切符の購入をして戻ってきていたかったのです。
 9時頃には出かけよう…という約束でしたから、そのように外出の仕度をして従兄を待っていました。

 よい陽射しが射し込んできて、少々暑いくらいでした。
 伯母が、なかなか降りてこない従兄を気にして携帯で起こそうとしたのですが、そんな心配は杞憂に終わり、まるで念が通じたかのように登場したのでした。

 薄いブルーのワイシャツに、下は藍色っぽいズボンを穿いて、すっかり法要に出るための格好をしていました。
 朝食を食べない従兄は、いつでも外出できる様子でしたが、私の母がまだ準備中?or祖母の部屋で片付け物をしていたのだったかなぁ〜、時間にもゆとりがあったので、いつの間にか何も告げずに従兄は車で外出していたのでした。
 車のないことに気づいた伯母は、また更に心配をしていました。
 私は心配性だけど、相手がおろおろしていたら逆に冷静になるタイプなんです。
 「お兄ちゃんが何も言わずに出かけたのなら、すぐに戻るってことなんじゃぁ〜ない!」とまあ落ち着いて待っていよう…という態度でいたら、伯母も自分のペースに戻り、何をしていたんだっけな、そうこうしているうちに戻ってきて、私は母に声を掛けて出かける旨を伝えました。

 従兄は、コンビニまで出かけていたようです。
 歩いて行ける距離ではないから、車での移動だったようです。

 3人で鳥取駅まで出かけ、母はみやげ物屋へ行き、私はみどりの窓口で切符の手配をしていました。
 従兄は、止められる場所に車を止めて、伯母が心配していたジュースを購入していました。
 従姉の子供たちがいるから、足りるかどうかを懸念していたのです。

 私は、みどりの窓口で前日書き出した通りに係りの人に伝え、順番に処理をしてもらいました。
 結構手間なんですよね、あの作業。
 しかも、行き先が大阪までと愛知までの2パターンあるし、特急の指定席は近くにしなきゃならないしで、見ている私が申し訳なく思うほどでした。
 処理をしてもらっている最中に母が側に来て、「お店、開いてなかった…」と言ったので、「帰りにここまで来る?」とお互いにどうしようね…と言う感じでした。

 そんな会話をしていると、窓口の人が切符を揃えてくれ、ひとつずつ確認をしていきました。
 そして、合計金額で精算してもらい、待っていた従兄と合流したのでした。

 お店が開いていなかったので、「市場へ行く?」と提案してくれましたが、あまり時間が遅くなっても…ということで一旦帰ることにしました。
 それに、大阪の伯母も何かお土産を買いたいかもしれないし、また後の相談ということになったのです。

 本家に戻ってから一息ついてから、母が「コーヒーを飲まなきゃいかんね〜」などどほざくものだから、「飲まなきゃいかんね〜、じゃぁなくて、飲みたいね〜だよね」とつい突っ込みを入れてしまいました。
 だって、他所げのお家なのですから!(○○げ、というのは方言です)
 伯母も従兄も大笑いで、伯母が「コーヒーくらい飲んだらええ…」と柔らかく言ってくれたので、「じゃぁ〜、コーヒー飲む人〜?」と私が人数を尋ねると、結局皆飲むことになり、伯母がお茶菓子を用意して、私がコーヒーの準備をしていました。
 その間、母は何をしていたんだっけ…?
 従兄は座卓の前に座り、タバコを吸っていたのだったかなぁ。
 伯父は朝から勤行を上げていました。

 コーヒーも入り、伯父にはお茶を淹れて、皆でティータイムになりました。
 ああだ、こうだとしゃべっているうちに、本家の裏の線路を青い列車が走り抜けていきました。
 従兄が「あぁ〜、はくとだ!」
 皆で、もうそんな時間?と慌てふためいてしまいました。
 大阪の伯母が郡家(こうげ)の駅で待っているはずなのですから。
 母が携帯で伯母に電話をすると、伯母はタクシーを呼んだから…とのことで、私たちは、参ったななぁ〜、つい油断したね…と口々に声を上げていました。
 でも、笑いもありでしたよ♪

 そんな気が抜けている状態の私たちの前に、気がついたら伯母が姿を現しました。
 車で5分の距離だから、あっと言う間です。

 伯母は取り敢えずお仏壇の前に行き、手を合わせてから手土産の菓子を供え、お仏前を供えていました。
 一通りのことが済んでから、私たちと共に会話を楽しみました。

 そんな頃だったかな、近所に住む従姉の家族が揃って来て、また、2番目の伯父夫婦も順次やってきたのは…。
 今回は、派手にせずに、伯父たち兄弟とその家族程度になっていましたから、気兼ねもなく安心していられました。

 それでも11:00から法要をと予定していたので、そのように始まりました。
 伯父は学会の方も呼ばなかったのですが、近しい方が訪ねてくれてその方が主になってお題目&お経を上げてくれました。
 これは、後で聞いた話です。
 伯父が自分で上げる予定でいたそうです。
 ですから、予定外に訪れた学会の方に急遽お願いをして上げてもらったのだそうです。

 そんな事情を知らない私たちは、神妙に手を合わせて唱和していました。
 私が唱和できるのは、いつもの「南無妙法蓮華経」のお題目だけです。
 それでも、一度お葬式を経験しているので、あまり長いとは感じませんでした。

 皆が順番にお焼香も済ませ、その後唱和して、仏壇の前での法要は一旦終わりました。
 その後は、お骨を持ってお墓まで歩いて行き、納骨の運びとなったのでした。
 その納骨の際には、本当に身内だけになり、初めてお墓の下にある納骨場所を見ることができました。

 伯父が事前にお水と何やら、必要なものを持って行ってくれていたので、私たちが行く時には、お花や箒やら軽いものだけで済んでしまいました。
 お墓は丘というより山といっていいほどの勾配があり、結構上まで上るのはしんどいのです。
 高齢の伯父や伯母はきっと大変だったに違いありません。

 そのお墓の前で、女性陣がお花を分けて揃えていたのですが、お墓の蓋を開けるのは男性陣のお役です。
 なんとか道具を使って開けたはいいが、誰が入る?という議論になり、やっぱりこれは伯父さんの仕事でしょ!と皆が口を揃えて言うものだから、伯父は人事だと思って…と反論していました。
 まぁ、若さで言ったら本家の血筋で従兄なんだけどな…と内心私は思っていましたが、結局伯父が狭い所をかがんでお骨を納めてきました。
 51年前に亡くなった祖父と祖母がようやく隣同士に並んだのは、少々感慨深いものがありました。

 その後は本家に戻り、食事になりました。
 私と母と大阪の伯母とで、祖母の部屋にいる間、いつの間にか用意を整えてくれていて、私たちは促されるまま席につき箸をつけたのでした。

※続きはまた…

 

 

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